遺言書が見つかったが筆跡が違う
自筆証書遺言の場合、単独で作成できる手軽さがあるものの法律知識の乏しい状態で作成することが多く、法律で定められた様式を具備せず、様式違反として争われる場合があります。
自筆証書遺言において全文の自書が求められていますが、自書か否かの判断については、筆跡鑑定その他諸般の事情を勘案して判断される判例が多いです。
新潟地裁昭和45年1月14日
被相続人Aの遺言により相続分を否定された養子Xが、他の相続人であるY等に対して遺言の無効を訴えたも。なお被告であるY等は筆跡に関しては、筆記に際して遺言者の握力が低下し手が震えていたため、被告の1人が遺言者の手を支持して欲する字を書かせたとの事情を述べ、また、遺言の効力の判定に際しては、遺言者が原告にたいして離縁の訴えを提起したが敗訴した等、諸般の状況証拠を創造的に判断すべきものであると主張した。
裁判所は「証拠をみると、証人Bは本件遺言書には亡Aの筆跡に似ているところと似ていないところがありぜんたいとして亡Aが自書したものかどうかは断定できない趣旨の証言しており、また鑑定人Cは本件遺言書末尾のAなる氏名の文字はA本人の筆跡ではなく被告Yの筆跡と同一である旨の鑑定をしている。そして他に本件遺言書記載の文字が亡Aの筆跡であると断定している証拠は全くない。
右各証拠を総合すれば、本件遺言書はその筆跡からみて亡Aが自書したものとは到底認めがたく、このてんからしてたとえYら主張のように本件遺言書の作成とその内容が亡Aの真意に出たものだとしてても同人が自書したものとは認めがたい本件遺言書は自筆遺言証書としての方式に違反しており無効というほかない。
右の点につきYらは自筆遺言証書における自書か否かの判断は単に筆跡のみではなく諸般の事実を総合的に考慮して判断すべきであるという。
しかし自筆証書による遺言は、各人の筆跡がそれぞれ固有の特徴を有し容易に他人の模倣を許さないということから、遺言者の真意を自書という方式によって確保しておこうという制度であるから、自書か否かの判定は先ずまず第一に筆跡の識別に拠るべきであり、その識別が不明確な場合はじめてほかの状況証拠による判定の方途を用いるべきであろう。
してみれば本件の如くその筆跡からみて遺言者本人の自書と認められないばかりかむしろ遺言内容に利害関係を有する第三者の筆跡とみとめられるような本件遺言書をもって自筆遺言証書と解すべき余地はないものと考える。」
他の裁判例では、他人が作成した部分が遺言書の一部である場合や他人の加除変更にとまり、その加除変更について遺言者の意思に基づくものと推認される場合遺言の効力は否定される死因贈与は認められたケースがあります。死因贈与は遺言の方式が準用されないため最高裁昭和32年5月21日では受贈者が作成した原稿に遺言者が署名した遺言について遺言は否定されたが死因贈与は認められました。
また、日付が自筆遺言証書にはないが封筒には記載されていたケースで、遺言書と同じ捺印が封筒にもされてかつ封印をされた場合は遺言書が認められています。同時に封印がなかった裁判では無効となっています。
自筆遺言証書のおける加除訂正において単純な字句の訂正や付随的・補足的加除訂正については遺言の効力には影響しないとされています。
最高裁昭和56年12月18日加除訂正につき方式違背があっても、明白な誤記であれば遺言の効力が認められる判決しました。
上記のように自筆遺言証書には法律による要式がありそれに違背する場合、特に遺言により受け取る財産が法定相続分より少ない相続人から遺言の無効を訴えられるケースが多いようです。しかしながら裁判所の判断としては一律に要式違背があっとしても無効とはせず総合的に勘案して判断しているようです。
しかしながら、そもそも裁判をする場合多額の費用が要します。ですから、遺言書の様式をまもり紛争とならない遺言書を用意するか、公正証書遺言を選択することも考えられるかと思います。